死との対面

今日、道端で息絶えた猫と会ってしまった。

 

一気に、恐怖心のような"何か"が襲ってきた。

 

目を見開いて横たわっていて、地に着いた方の頭部には血の色が見えた。

手にも。

 

猫アレルギーなので触れることも出来ず、ただただ成すすべなく立ち尽くした。

誰かいないか見渡してみたけど、大きな通りで走り去っていく車しかいない。

何も出来ず、傍に居ることも辛くなって、何もせずに家へ帰ってしまった。

ここが日本だったら、もう少し何か出来たかもしれないのに…。

 

とにかく心が安らげる場所へ篭りたくなって、急ぎ足で家へ向かうと、玄関の真ん前で外出先から帰ってきたホストマザーのLizと会った。

「私も出掛ける」と伝えてあったので、帰ってきた私を見て驚くLiz。

きっと動揺が表に出ていて、いつもと様子が違うから余計に驚かせちゃったんだろうな。

「どうしたの?」と聞いてくれたLizに事情を説明したら、泣いてしまった。

泣いたら安心した。

 

 

部屋に篭って、考えた。

 

あの猫を見た瞬間に恐怖心が襲ってきたのは、「人が殺めたのではないか?」という思考が何よりも真っ先に訪れたから。

人の悪の部分を、猫に投影してしまったからだった。

日本で繰り返し起きている動物の虐殺事件が、頭の中に深くこびりついていることを実感した。

実際のところは分からない。

犬に襲われたのかもしれないし、車に轢かれたのかもしれない。

 

そして哀しくなったのは、その体が未来の可能性を失っていると感じたから。

もうこの子はこの体で自由に遊び回り、喜びを得ることが出来なくなってしまったんだ、と。

これまでどんな風に生きてきたのかなんて分からない…幸せな日々を過ごせていたら少しは救われる気がするのだけど、それも私のエゴでしかないな。

 

"死"というものは、やっぱりどこまでも"分からない"ものだ。

永遠に。

だけど、だからこそ、向き合わなければいけない。

こうやって向き合う機会がやってくるのも納得してしまう。

 

 

ケロウナには全然猫がいなくて、こちらへ来てから初めて会った猫ちゃんだったんだ。

私が忘れないでいれば、魂は生き続けていると言えるのだろうか。

彼女だか彼だかも、何年生きてきたのかも分からない猫ちゃんだけど。